11-13

WRCで輝かしい成績を上げるフォルクスワーゲン

フォルクスワーゲンとWRCの歴史は、ラリー仕様車というものがまだ定まった時代から始まります。
1950年代から60年代前半にかけて、初代ビートルがサファリラリーで3勝を記録します。
WRC初代チャンピオンであるビヨルン ワルデカルドを現地プライベーターが起用し参戦して行くのです。

名門フォルクスワーゲン

フランスのインポーターの手によってグループ2仕様に仕立てられた初代ゴルフ GTIもラリーモンテカルロなどに参戦して行きます。
そんなプライベーターの時代は続き、グループA仕様のGTIも1983年のラリースウェーデンで入賞を果たすのです。

フォルクスワーゲンのワークス活動は、2代目ゴルフから始まっていきます。
フォルクスワーゲン・モータースポーツとなり、スウェーデン人ドライバーで確実は走りで知られるケネス・エリクソンなどの活躍により1986年にグループBと混在するグループAクラスで総合優勝を獲得するのです。
エリクソンは1987年のコート・ジボワールでフォルクスワーゲンに初のWRC総合優勝をもたらします。
シーズンを通して、唯一ランチアのドライバーランキングに勝ったのも、エリクソンだけでした。
それほど、ランチア全盛の時代でもあったのです。

しかし、フォルクスワーゲンは、グループAの進化についていけなくなります。
ケネス・エリクソンの移籍も大きく後を引き、結果として成績は振るわなくなったことから1990年で撤退して行くのです。

復帰から圧倒的な勝利へ

時は流れ、2011年5月にフォルクスワーゲンはWRC活動を再開します。
2012年を準備期間として、2013年1月の開幕戦ラリー モンテカルロで復帰を果たすのです。

セバスチャン・ローブの引退というニュースの後ではありましたが、シトロエンが圧倒的な速さを見せる中、フォルクスワーゲン・ポロR WRCでセバスチャン オジェが総合2位を獲得します。
2戦目となるスウェーデンで、復帰後初勝利を獲得するのです。

ポロR WRCは、速さもあるものの高い信頼性が売りだったのです。
これにより、13戦のうち10戦という圧倒的な力でコンストラクターズを獲得。
続く2014年も13戦中12勝、2015年は地元ドイツの優勝を含む13戦中12勝という形で他を圧倒することになるのです。

2016年は、レギュレーション変更の前年ということもあり、対抗できるチームはほとんどいません。
シトロエンもワークスとしては参加しておらず、フォードとヒュンダイということを考えれば、また圧倒的な勝利でシーズンを終わるといわれているのです。