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名門フォードの抱えた問題と悲願であったタイトル

アメリカの自動車メーカーの中で、長年レースにかかわってきているのがフォードでしょう。
非常に長い歴史を持つ自動車メーカーでもあり、WRC屈指のメーカーでもあるのです。
美しいラインの車が多く、多くの人を魅了してきたといってもいいでしょう。

エスコートの活躍とお家事情

どの時代でも、どのレースカテゴリーでも、フォードはその名をとどろかせてきました。
WRCもその中の一つですが、単独で勝利することはあっても、マニュファクチャラーズタイトルからは縁遠かったのです。
各時代で、有名な車を作り出してはいくものの、どうしても勝ちきれないのは、その企業体質にあったといわれています。

フォードは、チーム運営と本社サイドの確執があり、常にお役所体質とまで言われ続けました。
その結果。開発が停滞してしまう時期があり、運営上の問題がドライバーの足を引っ張ってしまうことが出てくるのです。
かつて常勝軍団となりつつあったスバルから電撃移籍したカルロス・サインツも、こうした体制を真っ向から批判しました。
ちょうどそんな時代に誕生したのが、グループA車両であったフォード・エスコートRSコスワースです。

4代目エスコートに4WDを与え、小さなボディに優れた重量配分で、高い戦闘力を持たせました。
安定した成績を残していきますが、ここで足を引っ張ったのがチーム運営の問題だったのです。
特に最悪だったのが、ドライバーがいかにセッティングを主張し希望したとしても、運営側が却下したりしていきます。
結果的にマシン開発も停滞し、どんどんと戦闘力を失っていくことになるのです。

それでも、エスコートRSコスワースは高い戦闘力で、復権を果たしていきます。
グループAが終わり、WRカーに入った時点で救済措置が取られ、2年間の使用期間条件が付きました。
その間に大至急開発を進めていったのが、フォーカスWRCだったのです。

フォードの経営に問題と撤退

フォーカスWRCは、それまでのフォードの体質を改善させ生まれた車で、非常に高性能な車として生まれます。
先進技術の塊でもあり、重量配分の問題はあったものの、勝利を重ねていくことになるのです。
特に2006年と2007年には、念願であったマニュファクタラーズタイトルを獲得して行きます。
それでも、時代の変化についていくことができず、経営自体が悪化して行ったフォードは、2011年のレギュレーション変更とともにWRCから撤退して行ったのです。